@article{oai:hirosakiuhw.repo.nii.ac.jp:00000115, author = {相澤, 保正}, issue = {1}, journal = {弘前医療福祉大学短期大学部紀要}, month = {Feb}, note = {Article, 「別れの曲」「子犬のワルツ」「雨だれの前奏曲」「英雄ポロネーズ」など音楽ファンなら、だれでも一度は聴いたことがあり、それがピアノの詩人といわれるショパンの作曲であることも知っている。ヴェートーベンの「エリーゼのために」やモーツアルトの「トルコ行進曲」と並んでポピュラーなピアノ曲であり、ショパン音楽の愛好者は多い。筆者は1973年に初代会長遠藤道子によって設立された「日本ショパン協会・北海道支部(札幌)」の事務局を、設立当初から青森県に移る1978年までの6年間担当した。ショパン協会では、国内外の一流アーチストを札幌に招聘し、レクチュアーやコンサートを開催したが、筆者はそのマネジメントを担った。アーチストたちのホールでの演奏以外に、人対人としてふれあい交わす言葉のなかから、一流芸術家の奥深い精神や哲学にもふれることができ、筆者の若い頃の大きな教訓となった。このことから学んだこと、ショパンの生涯を幼少期から青年期までとパリで活躍し生涯を終えるまでの18年間のこと、そして第16回ショパン国際ピアノコンクールの聴後感などについて述べ、ショパンの全体像に迫りたい。, 弘前医療福祉大学短期大学部紀要, 1(1), 2013, p.19-26}, pages = {19--26}, title = {<研究報告>フレデリック・フランソワ・ショパンをめぐる覚書}, volume = {1}, year = {2013} }